ホーム > これまでの本屋大賞 > 伊坂幸太郎さんが副賞で購入した本 2008年本屋大賞

大賞作家伊坂幸太郎さんが副賞10万円で購入した本 2008年本屋大賞

『2008年本屋大賞』で大賞を受賞された伊坂幸太郎さんが副賞の図書カード10万円分で購入した中身とは!?

2008年本屋大賞 大賞作家 伊坂幸太郎さん

購入書籍リスト

『ナンバーファイブ』3〜8巻(7巻はなし) 松本大洋/小学館

『通訳』ディエゴ・マラーニ/橋本勝雄訳/東京創元社

『カーブボール』ボブ・ドローギン/田村源二訳/産経新聞社

『Dr.スランプ 完全版』1〜15巻 鳥山明/集英社

『収容所群島』1〜6巻 A・ソルジェニーツィン/木村浩訳/ブッキング

『パイの物語』ヤン・マーテル/唐沢則幸訳/竹書房

『琥珀色のかがり火』ウロルト/牧田英二訳/早稲田大学出版部

『過去からの弔鐘』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳/二見文庫

『冬を怖れた女』同

『一ドル銀貨の遺言』同

『聖なる酒場の挽歌』同

『慈悲深い死』同

『死者の長い列』同

『処刑宣告』同

『皆殺し』同

『死者との誓い』同

『死への祈り』同

『無痛』久坂部羊/幻冬舎

『バンドライフ バンドマン20人の楽人生劇場独白インタビュー集』吉田豪/メディアックス

『プロパガンダ教本』エドワード・バーネイズ/中田安彦訳/成甲書房

『至福のとき』莫言/吉田富夫訳/平凡社

『四十一炮』莫言/吉田富夫訳/中央公論新社

『恥辱』J.M.クッツェー/鴻巣友季子訳/早川epi文庫

『マイケル・K』J.M.クッツェー/くぼたのぞみ訳/ちくま文庫

『夷狄を待ちながら』J.M.クッツェー/土岐恒二訳/集英社文庫

『西遊記』1〜10巻 中野美代子訳/岩波文庫

『野坂昭如コレクション』1〜3巻 野坂昭如/国書刊行会

『島田荘司全集』1〜2巻 島田荘司/南雲堂

『クローズアップ 虫の肖像 世界昆虫大図鑑』クレール・ヴィルマン、フィリップ・ブランショ/奥本大三郎訳/東洋書林

本屋大賞のご褒美で買った本〜伊坂幸太郎さん

現金で10万円をもらうよりも、図書カード10万円分をもらうほうが嬉しいのはなぜなのだろう、と考えた。現金10万円を持って本屋に行っても、買っている最中に、「本にそんなにお金を使っていいのだろうか? もっと別の使い道があるのではないか」と気後れを感じてしまうからかもしれない。図書カードであれば本を買うほかないため、後ろめたく思う必要は無用だ。本屋大賞の副賞、図書カード10万円分は、だから、とても嬉しかった。

最初は、あまり深いことは考えず、書店で欲しい本を見つけたらそれをこの図書カードで買っていけばいいな、と考えていた。本屋大賞発表の後、さっそく訪れた書店で棚を眺め、気になる本を何冊か(「通訳」とか「カーブボール」とか、「バンドライフ」とか「プロパガンダ教本」とか)買った。

ただ、「このまま、だらだら買っているのもつまらないな」とすぐに気づいた。せっかく、本屋大賞というありがたいものをもらえて、そのご褒美として図書カードをもらったのだから、後々になっても、「これは、あのカードで買ったんだぞ」と覚えていられる本を購入すべきだ。そして、どうせならば、日ごろ、(作者としても読者としても)お世話になっている書店さんが何店舗もあるのだし、そのそれぞれのお店で、まとまった本を買うのはどうだろう。そう思った。

最初に行ったのは、あゆみBOOKSの青葉通店だ。いつもよく会うTさんに、「『ナンバーファイブ』を全巻ほしいんです」と頼んだ。1巻と2巻はすでに持っているので、残りを全部ください、と。通常版よりも安く、少しコンパクトサイズとなった普及版なるものが発売されているようだけれど、漫画は、大きければ大きいほど楽しい、と僕は常々思っているので、「普及版じゃないほうを」とお願いした。

すると、「7巻がないんですよ」とTさんが言う。「え?」とこちらが衝撃を受けていると、お店の端末を使い、調べてくれた。「7巻だけ品切れみたいです」
 仕方がないので僕はそこで、3巻から8巻まで(7巻のない状態で)購入し、その足で、駅前の喜久屋書店に向かった。マンガ本に関して言えば、市内でも一番の規模の書店であるから、そこに行けば在庫があるのではないか、と期待したのだ(Tさんからもそう助言をもらった)。けれど、期待も空しく、そこでも7巻だけが存在しない。家に帰り、ネットで検索を行うと、やはり7巻だけが品切れだ。いったい7巻に何があったのか、と僕は頭を悩ませるけれど、分かるはずがない。できることは限られている。ネット書店の中古販売を利用し、7巻を買うことにした。定価よりもずいぶん高い上に、図書カードも使えない。散々だな、と思っていると数日後、あゆみBOOKSのTさんが、「7巻、入荷されましたよ。ちょうど、重版がかかったんですかね」と恐ろしいことを口にした。

「いったいなんだったんでしょうね」と訊ねると、Tさんも首をひねる。それから僕はついでに、というわけではないけれど、追加で、「Dr.スランプ」の完全版全巻を注文した。その前日、たまたまケーブルテレビで、「Dr.スランプ」のアニメを見て、その長閑な世界に、「平和でいいなあ」と感激してしまったからだ。実家にも全巻あるけれど、やっぱり大きい判のほうがいい。

次は、紀伊國屋書店だ。何を買うかは決めていた。「島田荘司全集」「野坂昭如コレクション」だ。高校時代から大学時代にかけて、僕は島田荘司さんの作品にのめり込み、出ている本はすべて買った。新刊が楽しみで楽しみで仕方がなくて、発売日が分かるとその数日前から書店に通ったものだった。全集は以前から気になっていたけれど、なかなか手を出せなかったから、この機会を逃すべきではないと思った。野坂昭如さんに関しては、島田荘司さんの場合とは正反対で、実は、ちゃんと小説を読んだことがなかった(たぶん、テレビに出ていることで、よけいな先入観があったからかもしれない)。ただ、その文章が前から気になっていたからこれを機会にやはり、作品を手にしたかった。

さて、紀伊國屋書店は仙台中心部から離れた場所にある。映画館などが入ったショッピングモールの中で、地下鉄や車で行かなくてはならない。だから、「わざわざ行って、商品が置いていなかったら、注文した上でまた行かなくてはいけない」と思い、まずは書店員のIさんに連絡を取ることにした(なぜか、あゆみBOOKS青葉通店のTさんに仲介してもらった)。少しすると、「在庫にないので取り寄せます」とメールで返事がある。「急に注文してくるなんて、これは何か試されているんですか?」と怯えるような文章もあった。

それから、駅前の丸善に向かう。ここで買うのは、「収容所群島」だ。僕の尊敬し、敬愛する作家、佐藤哲也さんがずいぶん前に薦めてくれて以降、いつか手に入れたいと思っていた。何年前だろうか、ブッキングから復刊されていたのは知っていて、丸善にあるのも知っていた。これを買わないわけにはいかないだろう。

が、世の中には予想もしていないことが起きる。いざ、買おうと訪れてみると、その、「収容所群島」が、棚にないのだ。記憶によれば数日前に来店した際には、確かにあって、僕は、「よしよし、近いうちに買いに来るぞ。待ってろよ」と余裕のまなざしを向けていたくらいだ。あの本はどこに消えたのだ。顔見知りの書店員さんSさんを呼び止め、「ここにあった、『収容所群島』は?」と訊ねた。「ああ、そういえば、一昨日くらいに買っていった人がいた!」

「ずっとあそこにあったのに」

もちろん、そんなことを言われたところで、Sさんも困るし、その客が悪いわけでもない。取り寄せてもらうことにして、その日はお店を後にした。

ジュンク堂ロフト店に行くと、書店員のSさんがいる。彼女はいつも穏やかな雰囲気で、お店で会うと、忙しいだろうににこやかに寄ってきて、「この本いいですよ」とふんわりと言って来てくれたりする。そのSさんに、ローレンス・ブロックのマット・スカダーシリーズを(自分が読んでいないものを)全部、注文した。僕はブロックの、「泥棒バーニィ」と「殺し屋ケラー」が大好きなのだけれど、どういうわけか、スカダーシリーズにははまらなかった。でも、やはり気になるから、揃えておこうと思った。そのほかにも何冊かを買って、それから、ジュンク堂イービーンズ店に向かう。

この書店は、僕がデビューした時、まだ知名度がまったくない時から応援してくれていて(その話は長くなるからここでは省く)とても恩を感じているし、品揃えも仙台で一番だと思うのだけれど、若者向けの洋服屋さんが大音量で音楽を流すビルの上の階にあって、さらにエレベーターの動きが非常に遅いものだから、頻繁には行きづらかったりする。ただ、このお店に行くといつだってわくわくする。海外文学の棚も充実していて、そこでまだ家になかった莫言さんの本を購入した。今までは興味がなかったクッツェーの本が目に入り、ぺらぺらめくると何だかとても面白そうだ。まずは文庫本で出版されているものを、と思い3冊選んだ(結局、まだ、そのうちの2冊しか読んでいないけれど、どちらも僕好みで、とても幸福な気分になった)。

さらに、岩波文庫の「西遊記」を全巻買った。そもそも、このお店ではそれを買うのが目的だったのだ。「西遊記」に関しては一般的な知識しかなかったのだけれど、次に書く小説で、「西遊記」を導入する必要ができたので、参考資料として買うつもりだった。児童向けでざっと内容はつかんでいた。岩波文庫全10巻は気になるところを拾い読みすればいいかな、と思っていたのだけれど、読みはじめたらとても面白く、ポップな掛け合いが続くし、孫悟空は残酷だし、三蔵法師は人間ができていないし、と楽しくてたまらない。結局、全部読んでしまった。

そうこうしているうちに、ちょうど、フリーペーパー「LOVE書店!」の企画で、八文字屋書店Sさんにお会いする機会があった。もちろん、八文字屋書店さんでも本を買う予定だったから、タクシーの中で隣に座ったのをいいことに、そこでSさんに注文した(なんだか、仙台の書店員さんはSさんばっかりだ)。それが、「虫の肖像」だ。新聞の一面の広告欄で見かけて、気になっていた。昆虫好き(とは言っても、見るのが好きなだけで触るのは怖い)の僕にはたまらない本なのではないか、という予感があった。

数日してから、Sさんから、「入荷しました。とてもすばらしい本ですよ」とメールが来て、心が浮き立つ。

というわけで、図書カード10万円が見事になくなった。意外にあっという間に使い切ってしまうものだな、と寂しさすらある。こんな楽しい機会はめったにないだろう。どうもありがとうございました。