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大賞作家恩田陸さんが副賞10万円で購入した本 2005年本屋大賞

『2005年本屋大賞』で大賞を受賞された恩田陸さんが副賞の図書カード10万円分で購入した中身とは!?

2005年本屋大賞 大賞作家 恩田陸さん

購入書籍リスト

●漫画

『Sink(1)(2)』(いがらしみきお/竹書房)

『千利休』(清原なつの/本の雑誌社)

『ホムンクルス(1)〜(5)』(山本英夫/小学館)

『エマ(1)〜(5)』(森薫/エンターブレイン)

『王様の仕立て屋(1)〜(6)』(大河原遁/集英社)

●写真集

『アイノカテゴリー』(みうらじゅん/ぴあ)

『京都』(MOTOKO/プチグラパブリッシング)

『東京デーモン』(内山英明/アスペクト)

『A KA RI』(藤井保/リトルモア)

『LORETTA LUX』(ロレッタ・ラックス/青幻舎)

●単行本/新書

『アメリカ人が作った『Shall we ダンス?』』(周防正行/太田出版)

『戦争と万博』(椹木野衣/美術出版社)

『複雑な世界、単純な法則』(マーク・ブキャナン/阪本芳久訳/草思社)

『枯葉の中の青い炎』(辻原登/新潮社)

『日本語ぽこりぽこり』(アーサー・ビナード/小学館)

『アメリカン・チョイス』(新元良一編/文藝春秋)

『痙攣的』(鳥飼否宇/光文社)

『ベルカ、吠えないのか?』(古川日出男/文藝春秋)

『服部晋の「洋服の話」』(服部晋/小学館)

『天才スマリヤンのパラドックス人生』(レイモンド・スマリヤン/高橋昌一郎訳/講談社)

『プリンストン高等研究所物語』(ジョン・L・カスティ/寺嶋英志訳/青土社)

『石の扉』(加治将一/新潮社)

『河岸忘日抄』(堀江敏幸/新潮社)

『信仰が人を殺すとき』(ジョン・クラカワー/佐宗鈴夫訳/河出書房新社)

『スクリーンの中に英国が見える』(狩野良規/国書刊行会)

『新宿の万葉集』(リービ英雄/朝日新聞社)

『極楽カシノ』(森巣博/光文社)

『ロアルド・ダールコレクション・チョコレート工場の秘密』(柳瀬尚紀訳/評論社)

『ロアルド・ダールコレクション・ぼくのつくった魔法のくすり』(宮下嶺夫訳/評論社)

『神々の沈黙』(ジュリアン・ジェインズ/柴田裕之訳/紀伊國屋書店)

『1688年─バロックの世界史像』(ジョン・ウイルズ/別宮貞徳監訳/原書房)

『エリザベス・コステロ』(J・M・クッツェー/鴻巣友季子訳/早川書房)

『パンダの死体はよみがえる』(遠藤秀紀/ちくま新書)

『東京美術骨董繁盛記』(奥本大三郎/中公新書)

『かわうその祭り』(出久根達郎/朝日新聞社)

『「藪の中」の死体』(上野正彦/新潮社)

『ホモセクシャルの世界史』(海野弘/文藝春秋)

『美の旅人』(伊集院静/小学館)

『荷風のリヨン』(加太宏邦/白水社)

『NYPD・1ネゴシエーター 最強の交渉術』(ドミニク・J・ミシーノ、ジム・デフェリス/木下真裕子訳/フォレスト出版)

『チャット隠れ鬼』(山口雅也/光文社)

『丸山タケシのTVメッタ斬り』(丸山タケシ/ソフトバンクパブリッシング)

『悪魔のマネーメイキング』(内藤誼人/廣済堂出版)

『スクリーンの中の戦争』(坂本多加雄/文春新書)

『中華文人食物語』(南條竹則/集英社新書)

『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(新井潤美/平凡社新書)

本屋大賞のご褒美で買った本〜恩田陸さん

最初は、何か記念になる本を買おうと思っていた。

種村季弘コレクションとか、安房直子コレクションとか、植草甚一スクラップ・ブックとか、森茉莉全集とか、「あれは本屋大賞の10万円図書カードで買ったものなのヨ」と人に言える、どーんとした揃いものや、豪華本を買おうと考えていたのである。

しかし、書店に行って本を買うのが日々の習慣になっているため、気がつくといつも通りパラパラと目につく本を買っており、なし崩し的に普段の買い物となっていったのであった。それでも多少は見栄を張って、「いかん、もっと小説家らしい知的なラインナップにしなくては」と本を選んでいたのだが、そのうちに、「まっ、いいか。普段こんなふうに買っている、ということで」と自分に納得させ、ますますいつも通りになっていった。図書カードを持参するのを忘れ、現金で買ったものもあるので、このリストは、本屋大賞の10万円で買おうと思った本ということになる。だから、今後レジで私が本屋大賞の図書カードを出しても驚かないでくださいね、書店員の皆さん。

しかし、本を10万円買うのって、相当使いでがあるものだ。今回そのことがよく分かった。去年の小川洋子さんのリストはもっとシンプルだった気がするのだが、なんでこんなに私のリストは長いんでしょうか。やっぱり本って、酒飲んだり旅行したりする他の娯楽に比べれば安いものだと実感する。

ここで一つ断っておかなければならないのは、私はよく本をいただくということだ。

交流のある作家さんの本は出版社やご本人から送っていただくことが多いため、結果、知り合いの作家さんの本は買わないことが多い。だから、リストをご覧いただければ分かるように、小説が少なくなっている。

オトナになってよかったと思うのは、漫画をいっぺんにまとめて買う時である。俗にいう「大人買い」というやつだ。

『Sink』『エマ』『ホムンクルス』『千利休』は以前から気になっていた漫画で、まとめて買って快感であった。もちろん、読んでも快感で、やっぱり日本の漫画は凄いなあと改めて感心する。日常浸食ホラー、英国ヴィクトリア朝ロマンス、第三の目を得た男の見る世界、茶道の巨人の一生。このバラエティに富んだ幅の広さ、内容の深さ、オリジナリティ溢れるタッチ、素晴らしい。

意外な拾い物だったのは『王様の仕立て屋』。書店で見てなんとなく気になって買い込んだのだが、男性のファッションに関する漫画で、普段なかなか知る機会のないドレスコードや仕立ての知識が興味深かった。この漫画の影響で『服部晋の「洋服の話」』を買ってしまったほどだ。私は元々、男性がビシッといいスーツを着ているととても色気を感じるたちで、デパートなんかでも「いいなあ」と思う服はみんな紳士物。私が男だったら、アルマーニのスーツをカッコよく着てみたい。着るほうでも私はスーツが好きなのだが、やっぱり男性のスーツのカッコよさには全然敵わない。クールビズですかー、省エネもいいけど、あの貧乏くさいおじさんたちの集団は国辱ものだと思うのは私だけか。あれだったら、浴衣でやってくれたほうがまだましだ。要するに、日本の男性は肩がないので、シャツ自体なかなか似合わないのである。私の持論では、日本のおじさんが一番カッコよく見えるのは着流しと印半纏である。特に印半纏はなで肩、ガニ股がぴったり嵌まるし、動きが自然と機敏になるから、日本の政治家も夏は印半纏で働いていただきたい。衿や背中には「国民のしもべ」と入れてもらいましょう。外で床机に腰掛けて話し合う。べたべたの頭はやめてもらってねじり鉢巻、冷房はうちわ。そのほうが根回しもスムーズにいくし、ふんぞり返って座っているのが似合わないので身軽になるから、きっとてきぱきと議事が進むよ。

さて、私は写真集や画集も大好きで、普段からよく買っている。無意識のところで自分の本の装丁に使えるものがないか探しているというのもある。判型が大きく、サイズがまちまちなので本棚に治まりにくいのが難点だが(もっとも、私の蔵書のほとんどは平積みなんだけど)。『A KA RI』は、マグライトの広告写真を集めたものだが、とんでもないところにさりげなくモデルが立っているところが凄い。『東京デーモン』、都市の写真が好きなので。『京都』のMOTOKOは、怪談雑誌「幽」の表紙なども撮っている方ですが、京都の街に残っている「普段着の古さ」みたいなのが写っていてよかった。ロレッタ・ラックスは旧東ドイツ出身の写真家で、本人もビスクドールみたいな顔をしているのだが、子供の写真を加工した、スーパーリアリズムの絵画のような写真がとても不思議。合田ノブヨなんかと感性が似ている気がする。みうらじゅんはまあ、定番ですから。どれも爆笑したが、私は「マニフェスト」と「墓」のコーナーが好き。

密かにビジネス本も好きな私は、かつて中谷彰宏の「ビジネス塾」シリーズなんかも読んでいた。一瞬賢くなったような気にさせられるところが、ビジネス本の効用である。字が大きいから30分で読めて小さな達成感も得られるので、たまにダウナーモードの時に読む。『NYPD・1ネゴシエーター 最強の交渉術』は、タイトルは大仰だが、中身はシンプルかつ粘り強い説明で意外といい本だった。著者は名前からしてイタリア系だが、イタリア人は息が長そうだし(偏見か)説得に向いているのかな。そういえば、エド・マクベインが亡くなった。合掌。87分署のキャレラもイタリア系じゃなかったっけ?

『プリンストン高等研究所物語』は手に取って既視感を覚えたと思ったら、やはり『ケンブリッジ・クインテット』の作者が、同じテーマをノンフィクションで書いたものだった。『天才スマリヤンのパラドックス人生』は、日本にはいないが、ミュージシャンで数学者で哲学者で手品師でパズル作家という、欧米にはよくいるタイプの天才。

今年はティム・バートン&ジョニー・デップで『チョコレート工場の秘密』が映画化される。しかも柳瀬尚紀の訳とくれば、当然ロアルド・ダールコレクションは買わないわけにはいくまい。でも、やっぱり私は昔からある本の絵のほうが好きだな。

前々月あたりの某雑誌「GQJAPAN」で「ビジネスセレブが今読んでいる186冊の本。」という特集があって(ビジネスセレブって何?)、美男美女のベンチャー企業社長たちが5冊ずつ挙げているのだが、その内容の貧しさに暗澹たる気持ちになった。別に堀江貴文や藤田晋の本を読んでいたって構わないけど、それを「今読んでいる本」として挙げるというのは、社長クラスの人間として恥ずかしいと思わないのだろうか。中には堀江、藤田、D・カーネギー、と3冊並べている社長さんもいて、私はこの会社の将来に大いに不安を感じる。途中、別格扱いで登場した福原義春が挙げていたのが偶然『1688年』だった。そこでまた誰かが福原義春に「経営者は本を読んだほうがいいんでしょうか?」という身も蓋もない質問。福原義春もさすがに苦笑していて、「別に読んでなくたって構わないんですよ。ただ、外に出た時に文化的素養や教養がないと、人間として全く尊敬されないけどね」とそっけなく返事している。嗚呼。経済と文化のジレンマに悩む経営者には、是非『東京美術骨董繁盛記』を読んでいただきたい。美術骨董品を売るというのは、まさにそういうジレンマの狭間にある非常に生臭くも崇高な商売だ。

語学センスの全くない私は、言語の越境者に憧れと興味がある。文化の狭間で苦闘する翻訳者のエッセイに外れなし、というのが持論だ。リービ英雄さんの日本語の静謐さ、アーサー・ビナードさんの日本語の茶目っ気が好きだ。

映画などは、まさしく各国の文化を背負って越境するわけだが、前作の『『Shall we ダンス?』アメリカを行く』が物凄く面白かったので、今回の『アメリカ人が作った『Shall we ダンス?』』も速攻で買ったが、まだ読んでいない。でも、アメリカ版に関して言えば、誰かのエッセイで読んだ、その人の友人のドイツ人の台詞「生真面目な日本人が社交ダンスをするからおかしいのであって、アメリカ人が踊ったってちっともおかしくない」という評のほうに一票入れる。だって、原日出子がスーザン・サランドンなんだよー。違うよー。それにしても、リチャード・ギアはいつも最後に花持って迎えに来る男だなあ。『愛と青春の旅だち』も『プリティ・ウーマン』もそうだったよなあ。

リメイクというのも、作る側のフィルターを通すので面白い行為だ。漫画『エマ』を読んでいるせいもあって、イギリスの階級社会に改めて興味津々。『スクリーンの中に英国が見える』『不機嫌なメアリー・ポピンズ』もその辺りに触れていて面白い。ジェーン・オースティン作品が、イギリス映画からアメリカ映画にリメイクされる過程で、どんどん階級意識が骨抜きにされていくというのも分かるなあ。

てなわけで、世界はどこかで繋がっていて、友人が6人いれば世界中の人間と繋がっているという『複雑な世界、単純な法則』。最近巷で噂になっている、シンクロニシティである。蛍の光の点滅が、だんだん揃ってきてしまうとか、私が取材を受けているとカメラマンのシャッターと瞬きが合ってきてしまうとか、そこには何かがあるらしいのである。

全部の本に触れられなかったが、私はいつもこんな感じで、「なんとなく」気になる本を買っている。書店でぶらぶら歩き、「なんとなく」ピンときた本を買う楽しさ。買った本を家でためつすがめつしている楽しさ。いつまでたっても、この楽しさは飽きない。

10万円、凄いでしょう。こんなに沢山本が買えて、楽しめて、仕事にも使える。大層贅沢な体験でございました。皆様、本当にありがとうございました。今日も相変わらず、いっぱい本を買っていますし、原稿も書いています。

…「本の雑誌」2006年9月号に掲載