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大賞作家佐藤多佳子さんが副賞10万円で購入した本 2007年本屋大賞

『2007年本屋大賞』で大賞を受賞された佐藤多佳子さんが副賞の図書カード10万円分で購入した中身とは!?

2007年本屋大賞 大賞作家 佐藤多佳子さん

購入書籍リスト

●海外小説

『ブランディングズ城の夏の稲妻』P・G・ウッドハウス/森村たまき訳/国書刊行会

『ジーヴズの事件簿』『エムズワース卿の受難録』『マリナー氏の冒険譚』

P・G・ウッドハウス/岩永正勝・小山太一編訳/文藝春秋

『平原の町』コーマック・マッカーシー/黒原敏行訳/早川書房

『ブラックベリー・ワイン』『のオレンジ5切れ』ジョアン・ハリス/那波かおり訳/角川書店

『最後のウィネベーゴ』コニー・ウィリス/大森望訳/河出書房新社

『双生児』クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳/早川書房

『ライトニングが消える日』ジャン・マーク/三辺律子訳/パロル舎

『歩く』ルイス・サッカー/金原瑞人・西田登訳/講談社

『マハラジャのルビー』フィリップ・プルマン/山田順子訳/東京創元社

『幻の特装本』『失われし書庫』ジョン・ダニング/宮脇孝雄訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

『災いの古書』ジョン・ダニング/横山啓明訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

『キラー・イン・ザ・レイン』レイモンド・チャンドラー/小鷹信光他訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー/加島祥造訳/クリスティー文庫

『鏡は横にひび割れて』アガサ・クリスティー/橋本福夫訳/クリスティー文庫

『自殺の殺人』『ひよこはなぜ道を渡る』エリザベス・フェラーズ/中村有希訳/創元推理文庫

●国内小説

『泉鏡花集成2』種村季弘編/ちくま文庫

『からくりからくさ』『家守綺譚』『エンジェル エンジェル エンジェル』梨木香歩/新潮文庫

『新釈 走れメロス 他四篇』森見登美彦/祥伝社

『Fake』五十嵐貴久/幻冬舎文庫

『サッカーボーイズ』『サッカーボーイズ13歳』はらだみずき/カンゼン

『自転車少年記』竹内真/新潮社

『サクリファイス』近藤史恵/新潮社

●ノンフィクション、エッセイ他

『冨士日記』上中下 武田百合子/中公文庫

『ぐるりのこと』梨木香歩/新潮文庫

『最後のシュート』ダーシー・フレイ/井上一馬訳/福音館書店

『一瞬の夏』上下 『深夜特急』1、2 沢木耕太郎/新潮文庫

『酒杯を乾して』『激しく倒れよ』沢木耕太郎/文藝春秋

『眠らないウサギ』折山淑美著・全日本柔道連盟監修/発行創美社・発売集英社

『走りの極意』為末大/ベースボール・マガジン社

『朝原宣治のだれでも足が速くなる』朝原宣治/学習研究社

『高野進流 日本人のための二軸走法』高野進/スキージャーナル

『はじめての雅楽』笹本武志/東京堂出版

●写真集

『A TWENTY YEAR RETROSPECTIVE』MICHAEL KENNA/Nazraeli Press

『SWEET EARTH』JOEL STERNFELD/Steidl

『HART ISLAND』JOEL STERNFELD/Scalo Publishers

『CAPE LIGHT』JOEL MEYERWITZ/Bulfinch

『NEW WAVES』ホンマタカシ/PARCO出版

本屋大賞のご褒美で買った本〜佐藤多佳子さん

本屋大賞の副賞としていただいた10万円分の図書カード、なんだかもったいなくて、なかなか使えなかった。このカードを使うべき特別な用途があるはずだとどうしても考えてしまう。文学全集とか、高額の本(創作の資料とする特殊分野の本は往々にして値が張る)とか。ただ、資料はネット書店のほうが探しやすいし、全集は買っても読むかどうか……。迷っているうちにどんどん日が過ぎて、秋にはリストとレポート提出ということで、あせり始めた。やはり、フツーに使うしかないと決心、決行した結果、趣味的で肩のこらない本がやたら多くなった。一番難解なのは、高野進の『日本人のための二軸走法』だ(笑)。ちなみにリストに漫画がないのは、イケナイと勝手に思い込んでいたからで、日常的にはよく買う。

リストを作りながら改めて思ったのは、作家の代表作が少ないなということだ。一作読んで印象に残っていて、いつかもっと読もうと思っていた、というパターンがかなりある。

ジョアン・ハリスは『ショコラ』の作家だ。『ショコラ』は題名通りスウィートな本だが、『ブラックベリー・ワイン』はそれよりややビター、『のオレンジ5切れ』は相当にダークだ。私は、この3作の中では、『ブラックベリー・ワイン』が一番好きだ。過去に一つだけ傑作を書いているダメ作家のジェイが、現実から逃亡するように南仏の小さな村に移り住み、少年時代の休暇を過ごしたイギリスの炭鉱町の日々を回想しながら、謎めいた隣人との交流を通して、人として蘇生していく。ファンタジーでもあり、ミステリとも読めるが、そういうジャンルを超越した独特の持ち味の作家なのだと思う。リアルで詳細で強く感覚に訴えてくる自然描写、情景描写が見事だ。ジェイ少年の「親友」で、のちに幽霊になって現れるジョー老人がすごくいい。

植物に大変詳しく、自然描写の美しさが共通していると思ったのが、梨木香歩だ。リアリズムとファンタジーの境がないような自由なタッチも共通項かもしれない。(作風が似ているというわけではないので念のため)梨木香歩の作品も、『西の魔女が死んだ』以外は未読で、ずっと気になっていたので、文庫で数冊まとめて買った。『エンジェルエンジェルエンジェル』の完成度にしびれた。熱帯魚の話の展開は好みじゃないのだが、さわちゃん(認知症の祖母)とコウちゃん(プチ神経症の孫)の交流があまりによくて泣けてしまった。

ジョン・ダニングも、リストにない『死の蔵書』が有名だろう。元警察官の古書店主が主人公のミステリのシリーズで、毎回、古書にまつわる巧みなストーリー展開でぐいぐい読ませる。私は、『死の蔵書』よりも『幻の特装本』が面白かった。

ミステリでは、チャンドラーの未読の文庫『キラー・イン・ザ・レイン』を見つけて踊りながら買ったのだが、実は読むのに苦労した。なるほど、大チャンドラーにも新米な時期があったのだな。あのマーロウは、こういう混沌の中から生まれてきたのだな。ファンには貴重な本だと思う。

クリスティーは、家人が家の在庫を読み漁っていたので私もつられて皆再読してしまい、何か欲しくなった。『ナイルに死す』は映画で見ただけだからと買ったが、読み出してすぐにミア・ファローがホラー風のドアップで脳裏に浮かび、何もかも思い出してしまった。それでも、すごく面白かった。『鏡は横にひび割れて』とエリザベス・フェラーズは、箱根に旅行中、オリエント急行の車両でお茶しながら友人の作家の荻原規子さんが薦めてくれたもので、とても楽しめた。

私は翻訳物のミステリが大好きなのだが、最近、書店で棚をめぐっても、なかなか欲しい新作が見つからなくて弱っている。あまり勢いがないように感じるが、どうしたのだろうか。

日本人作家の小説では、好きなせいもあるが、スポーツものが面白かった。はらだみずきのサッカー小説は、同じ主人公で小学校六年生の地域のクラブ、中学一年生の部活をとてもリアルに描いている。年齢相応と思われるシンプルな試合描写がとてもいい。サッカーものを読んでいて、珍しく、ボールの動きがよく見える気がした。

自転車ものは、見事に正反対な作風。『サクリファイス』は、スポーツもののミステリという、いつ読んでも腹の立つジャンル(殺人の起こる必然性とスポーツ競技そのものの関連がピンとこないことが多い)のクリーン・ヒットだ。凄い迫力だ。息を詰めて一気に読了した。オトナの小説だ。一方の『自転車少年記』は、初めて自転車に乗れるようになった幼児の頃から、息子ができる年齢までの長い年月の爽やかでゆるやかな物語だ。幼馴染の二人の少年がそれぞれの個性に従い、自転車と共に成長していく過程が丁寧に描かれている。『サクリファイス』がトップ選手の狂気に近い壮絶な感情を扱うのに対して、こちらは普通の若者の生活に寄り添うように手作りの自転車レースが存在する。たまたま同時期に読んで、様々なアプローチがあるものだと大変面白かった。

泉鏡花は、昔、日比谷図書館で全集を借りて読みまくった。結構わからずに読んでいる部分もあったが、すごく好きだった。その中で一番好きな短編『黒百合』が収録されているのが、ちくま文庫の2巻だ。この全集はいずれ全部そろえようと思っている。

私は日頃、ほとんどフィクションしか読まないのだが、この際だからと思い、ノンフィクションやエッセイも買ってみた。武田百合子さんは、実は、生まれた時から20年間住んでいたコーポラスでご一緒だった。どことなくアジアンでエキゾチックな外見の百合子さんがよく犬を連れていたのは覚えているのだが、写真家の娘さんの花さんの記憶がないのは、学校が休みの時は冨士の別荘に行っていたせいなのだろうか。『冨士日記』─冨士山麓の暮らしを綴った、繊細なのにあっけらかんとした文章がとても素敵だ。必ず記されている三食のメニューが独特な感じがした。

沢木耕太郎は、いつかまとめてじっくり読んでみたいなと思っていたので、有名どころとスポーツ分野から始めてみた。『一瞬の夏』を未読だったのは、ボクシングが好きじゃないからだ。凄い作品だった。そして、これが現実ではなく創作だったらいいのにという奇妙な感想を抱いた。全集に収められている色々なスポーツのノンフィクションを読んで、作者が自分とその競技との距離感から書き方をがらりと変えているところが興味深かった。『深夜特急』はいい! これを読んで、仕事や学業を放り出して放浪の旅に出てしまった人が結構いるのではないだろうか。

写真集は、よく買うわけではない。でも、風景写真がとても好きなので、この機会にぜひ探してみようと思った。ジョエル・マイヤーヴィッツは、前の家の近くの書店に、この『CAPE LIGHT』のカレンダーがあり、見つかる限り毎年買っていた。マサチューセッツ州のコッド岬の風景写真。海や砂浜やヨットやポーチの柱や空や、芸術的というよりやや絵葉書的なシンプルな美だが、この風通しのいい眺めがすごく好きだ。同じジョエルでもスターンフェルドのほうは、ややシニカルな景色だ。アメリカ中から切り取ってくるこの不思議に美しい渋く強烈な眺めの一つひとつ、無性に心引かれて目が離せなくなる。どの一枚にも物語があるのだが、そんなに簡単にわかりはしない─ふうなところがいい。マイケル・ケンナのモノクロ写真はただただ本当に美しい。この写真家はまさに世界中を撮っていて日本をモチーフにした写真集もある。作家性の強い写真だ。見ていると、日頃使わない感覚を呼び覚まさせられるような気がしてぼうっとしてぞくぞくしてくる。

だらだらと本の紹介を連ねてきたが、こうしてみると、やはり、まったくフツーに日常の本の買い物をした時とは違うことがわかる。興味がある、でも、ちょっとためらう、そんな本の前でいただいたカードがそっと背を押してくれる。

今回、最大の「プレゼント」は、P・G・ウッドハウスのぶ厚いハードカバーを迷いなく何冊も買えたことだ。20世紀最高のユーモア作家として有名だが、邦訳が2年前くらいから出始めて今も刊行中だ。有名なシリーズが幾つもあるが、私はブランディングズ城シリーズが何より好きだ。巨大豚の育成と庭の散策にしか興味がないぼんやり屋の老伯爵とその個性あふれる親族がまきおこすドタバタ喜劇は、本当に声を出して笑いまくれる。理屈抜きで「私のタイプ」な作家だ。うーん、イギリスだなあ。イギリス児童文学で育ち、自分がイギリス人じゃないのを真剣に嘆いたこともある私なので、こんなにもイギリスな本がたくさん読めて幸せだ! カードはまだ少し残っているので、新しいウッドハウスが出たら、がんがん買う予定だ。