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大賞作家冲方丁さんが副賞10万円で購入した本 2010年本屋大賞

『2010年本屋大賞』で大賞を受賞された冲方丁さんが副賞の図書カード10万円分で購入した中身とは!?

2010年本屋大賞 大賞作家 冲方丁さん

購入書籍リスト

〈マンガ〉
●井上雄彦/集英社
『SLAM DUNK』1~24巻
『リアル』1~9巻
『バガボンド』1~33巻

●篠房六郎
『百舌谷さん逆上する』
1~3巻/講談社
『ナツノクモ』
1~8巻/小学館
『空談師』
1~3巻/講談社

〈絵本〉
●なかやみわ/童心社
『くろくんとふしぎなともだち』

●にしはらみのり/PHP研究所
『いもむしれっしゃ』
〈ノンフィクション

●養老孟司/新潮新書
『バカの壁』
『超バカの壁』
『死の壁』

〈小説〉
●冲方丁/ハヤカワ文庫JA
『マルドゥック・スクランブル』1~3巻

本屋大賞のご褒美で買った本〜冲方丁さん

こんにちは、冲方丁です。「うぶかた とう」です。サンズイ(沖)ではなくニスイ(冲)です。違い、気づきましたか? そう、一つ足りないんです。デビュー直後に担当さんが校正原稿を見て「なんか足りなくない?」と呟いたのを今でも思い出します。最初から気づく人、意外に少ないんですね。

それはさておき、図書カードの使い途です。リストを御覧いただくと丸わかりですが、ほとんどマンガです。そんなにマンガが好きなのかと言われますと、好きは好きですが、今回はほとんど仕事で買わせていただきました。

仕事と申しましても、参考資料というのではなく、対談の準備として買いました。井上雄彦先生とは、仙台で『最後のマンガ展』が開催された折に河北新報社さんの主催で対談させていただきました。篠房六郎先生、養老孟司先生とは、雑誌『ユリイカ』増刊号で冲方丁特集を組んでいただいた折に、企画が設けられた次第です。「対談のお相手はどんな方がよろしいですか」とおっしゃっていただいたので、好き放題に言ったところ実現してしまった。お陰様で大変緊張しましたが、大いに学びの機会にさせていただきました。

本屋大賞を授けていただいてから、とにかく増えたのが、対談企画。言い換えれば、これまでお会いする機会のなかった著名な方々や、接することが難しかったジャンルとの間に、驚くほどスムーズにパイプができるようになった。メディアを横断することでコンテンツを多彩なものにしていくクロスメディア戦術で、毎度ひと苦労させられるのが、そうしたパイプ作り。その点で、「本屋大賞」の威力は相当なもので、普通は通過できない岩壁も、やすやすと貫いてトンネルを構築して下さる。このありがたさは言葉に尽くしがたい。しかしこれが実のところ弱輩者にとっては諸刃の剣でもあったりするのです。

会えないということには、実際「必然の側面」と申しますか、会うべきでないから会えない、といった側面がありまして、世の中は意外によくできている。要するに、下手に対等な格好をつけてお会いしたところで、たちまち相手にやっつけられてしまうわけです。別に論破されたり人格を否定されたりというのではなく、単純に、実力差を見せつけられてガックリきてしまう。むろん、弱輩者には奮起の好機ではありますが、奮起は意気阻喪と、好機は挫折と、どれもこれも紙一重であるのが人生。勉強になるとわかってはいても、怖いものは怖い、しんどいものはしんどいのです。

特に井上雄彦先生、養老孟司先生は、僕が中学・高校生のときから愛読していた作品の作り手たち。感情としては憧憬に近い。対談が決まったとき、心のどこかで、「意外に卒業しているかもしれないぞ」と期待をしたことはしました。どういうことかと申しますと、昔に読んで感銘を受けたものであっても、成長して振り返ると、以前は太刀打ちできないと感じていたものを、いつの間にか平静な眼差しで眺めることができるようになっている。ありていに申しまして、「自分にも出来るぞ」と思えるんじゃないか。自身の技術の向上や感性の錬磨が証明されるんじゃないか。そう期待はしました。が、まあ期待しただけで、すぐに打ち砕かれましたが。

いや、本当に見事に打ち砕いて下さったことが非常にありがたいと申しますか、さらに先の道程に迷わずに済むことが、情けなくもあり、嬉しくもあり、といった次第です。だいたいにして対談の前夜はほとんど眠れず、心に白装束を備えて出陣という感じでした。困ったことに、お二方とも人間としても尊敬に値する方々で、悲壮な覚悟の若者をやんわり受け止めて下さる。まあ、それでまた彼我の差の画然たるを悟り、意気阻喪に耐えて、粉骨砕身の精進を心に誓うことになるわけです。

一方で、篠房六郎先生との対談は、ほぼ世代が近しく、また題材も僕が長らくお世話になったり、すったもんださせていただいておりますライトノベル(以前は「ヤングアダルト小説」と呼ばれておりましたが)と重なるところもあり、非常に活気づけていただきました。ただし、若手が活気づくと、途端に毒が増える。つまるところ業界への不満と申しますか、これは違うんじゃないか、おかしいんじゃないかという毒舌合戦になる。不満があるからこそ、より良いものを提示していく気骨が養われるわけですが、対談の原稿を整えて下さったライターさんの手腕によって読み物として面白いものになっているわけで、よくまあ大放出したものです。

僕にとってライトノベルはそろそろ卒業と(まだ二冊ほど書くべきものが残っておりますが)公言しておりますが、一時期はライトノベルという業界もしくはレーベル自体が、より包括的な成長を果たすのではないかと期待したこともありました。大人向けのライトノベルと言いますかね。僕たちの世代が伝奇小説やSF小説で味わったあの面白さを、違う形にして世の中に提供できるのではないかと。

しかしまあ、そうなると一般文芸でやるほうが、実のところよっぽどやりやすい。というより、さすがに一般文芸と呼ばれるだけあって、あらゆるレーベルが諸般の分野としっかりパイプを構築している。結局、自分の居た場所を強引に拡大解釈してゆくより、次々に居場所を移し、礼節をもって学ばせていただく、そのほうがよっぽど良い。

それが成長の最短距離だし、出会えるものの多さが違う。そういうわけでちょっと複雑な気持ちもある「ライトノベルネタ」を巡っての対談でしたが、やはりマンガの世界は別の意味で広い。篠房先生との対談ではその点が非常に面白く、また羨ましかった。

少年誌も青年誌も一緒くたにマンガと呼べる。かなり尖ったことをしでかしても、むしろ尖っていればいるほど、業界自体がするりと飲み込む。ここ数年でマンガ業界も不況が取り沙汰されるようになってきましたが、お話をお聞きするにつけ、まだまだ業界に力がある。新鮮なエネルギーがあり、柔軟な人の動きがあり、熱烈な闘争心があり、シビアな読者目線がある。どれもこれも読者の存在に裏打ちされている。

こういう巨大な競争相手を、あるいは共闘相手を獲得したことを、小説業界はもっと喜び、もっと苛ついていい。

そんなわけで、話は前後しますが、対談のお相手の著作を購入することに、図書カードをほとんど費やしました。せっかくの賞品だしご褒美なんだから、仕事以外のことに使っても良いのではないかと思いましたが、どうも、性格的にご褒美は記憶に残らないようです。というのも、いただいた図書カードでリストにないものも購入したような記憶があるのですが、全然タイトルが思い出せない。本当に本屋大賞仕様の図書カードであったのか、他のパーティか何かの折に獲得した景品であったのかも曖昧になっている。リスト上、金額を計算するとだいたい十万円なのだから、他に何も買っていないはずなのですけれど。意外に、ごっちゃになりますね、十万円。ただでさえ作家はおおむね数字に弱いものだし、だからしょっちゅう〆切りまでの期限や規定枚数を読み損ねるのだということは周知の事実でありますから、まあやむを得ないと。

これが一万円程度の金額であれば、きっと間違いないのですが、それでもまあ、意外に間違えるかもしれませんね。この文章でも、そろそろ枚数オーバーかな、と思って確かめてみたところ、まだ原稿用紙で二枚ほど足らなかった。そういうこともあるんです。さて、頑張って残り紙数を埋めましょう、となる。

いやいや、リストを見てみたらありますよ、絵本が。ここまで完全に忘れていたものの、ちょうど良き紙数で思い出させてくれた。世の中良くできている。これらの絵本こそまぎれもないご褒美で、もちろん僕ではなく、日頃から慌ただしいばかりの両親を大目に見てくれているはずの三歳の息子へのプレゼントとして買わせていただいたものです。

今から新世代に活字の面白さを教え込もうという魂胆も見え隠れいたしますが、単純に絵本好きなんですね、うちの子。最近では読んで欲しいではなく、読んであげるなんて言っちゃったりね。こういうのを親バカというのは重々存じ上げつつも、これも仕方ない。確か、絵本と同じくらい大好きなパズルも一緒に買ってやったと嫁から聞いた記憶がありますが、そうなると金額が合いませんね。きっと気のせいでしょう。

で、嫁がどっさり買ってくる絵本の山を見るにつけ(子供はすぐに飽きるので次々に別のものが必要になるわけです)、そのうち書いてみたいな、絵本、と思うこともあります。実際、何度か下書きを試みてみたこともありますが、なかなかこれが面白い。難しくて面白い。子供にとって簡単でわかりやすいものを発想することが、いつの間にか我が身にとってとても難解なことになっている。

頭を子供に戻すのはわりに簡単ですし、むしろ酔っ払えばたちどころに稚気が顔を出すわけですが、それだと絵本にはならない。心を子供にしつつ、頭を大人のまま保ち、目線を相手より低くする。そういう書き方の鮮やかさもあるのだなと、これはこれで改めて読み込むと衝撃を受ける。そのうち本当に絵本を作らせていただき、我が子に献げたものの、「つまんない」と放り捨てられたとしたら、その意気阻喪のほどはいかなるものでありましょうか。なかなか想像することが容易すぎて辛いものがあります。

こんな次第で、図書カードは、本屋大賞がもたらして下さった「出会い」の、あがないに充てさせていただきました。考えてみれば、それこそまぎれもないご褒美ではありませんか。正直、ご褒美という観念を寄せつけぬほど、怖いわしんどいわの連続でしたが、この糧を無為にしてしまわないよう、今後とも鋭意努力してゆく所存であります。

最後に、大量一括購入の際にお世話になりました福島市の書店様、ありがとうございました。本屋大賞受賞の前年、店頭で拙著にサインなどさせていただけますか、と申し出たところ、丁重に断られたことは内緒ですよ。新刊出版の折にはぜひご愛顧のほど宜しくお願いいたします。本日はありがとうございました。